私の軌跡・・・Part2

賃貸専門(事務所・店舗)の不動産会社に再就職し、
先輩(4人)が決めれなかったユーザーを50件程いただきました。
仕事の内容は以下の通りです。

*一日、最低5件~10件の貸主様への面談。多いときは一日中!。(オーナー面談)
如何にそのビル(物件)を覚え貸主様に自分を気に入っていただけるかが重要!

*今から建築される予定の物件を探して回る。(物件調査)

*テナント募集のステッカーを貼ってくる。

*お客様に一件ずつ連絡をして訪問をする。そして、アポイントが取れたらすぐに行く!

*お客様に会って再度詳しく内容を聞く。

*そして案内~~~契約。

こんな感じの毎日で、一度パターンを覚えてしまえば、簡単でした。

でも当時はバブル経済!
先輩で当時18歳の人と 22歳の営業マン2人で
1500~2000万円ぐらいの仲介手数料を上げていた月もありました。
とにかくお客様は沢山来る。
しかし、空いている事務所がほとんどない!
新しく建設されるビルも図面ができた時点で
各仲介業者が施工する建設会社や設計会社に図面を貰いに行く。

今考えてみると・・・
『当時の設計会社や建設会社の担当者は本当に感じが悪く、上から目線でした』
(今でも勘違いしてそういう人いますがね)笑・・・

しかし他の仲介業者よりも一早く図面を貰って一番にお客様に紹介するかが
契約成立までのポイント!
みんな必死でした。

また貸主さんも空く予定の部屋がある場合、
契約実績の多い仲介業者にはすぐに教えて、
実績が少なかったりすると空いていても
『空いてません~』なんていう感じ悪い人が多くいました。

毎日、時間に追われ営業マンは夜11時12時は当たり前でした。
(私は7時ぐらいには帰っていましたが・・・そいうい訳か社長に嫌われていました)笑・・・

私が入社して4ヶ月程が経ち、バブル経済も終わりを迎えていた頃、
私が先輩達より早く帰ることに腹を立てたのか
当時の社長に『どういう育て方をされたらお前みたいな考え方になるんだ!』
という許せない一言で退職を決意。

その当時、お客様で事務所を探していた不動産会社
“インターワークジャパン”さんに無理矢理にお世話になることになりました。

このインターワークジャパンと、
ここの社長(山田社長)との出会いが
私の人生の最高の修業の場であり始まりでした・・・。

続きはPart3で・・・